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百年の夜明け

陸に姿を現したのはいつぶりのことだろうか。

夜明ダム(1954年完成)に沈んだその岩は、現在陸に在る。

ダムが出来て約60年、果たしてダムゲートが全開にされたことが過去何度あっただろうか。
少なくとも私は知らない。

ダム湖に沈むボルダー
(通常時の水量,Googleマップより)

先月の2017年九州北部豪雨によりダム管理棟が損壊、ダム本体の被害はないもののコントロールを失う事を恐れ手動によりゲートは全開にされた。
貯められた水は全て流され、夜明ダム上流の景色は一変する。
(幸いにも治水ダムではないので、全開状態にあっても水害対策状の影響はないようだ。ただ利用契約がある農家に対しては水をポンプで組み上げるなどをして対処しているようで復旧次第稼働ははじまる。)

岩を感じた、在りそうな気がする。
上流より歩く。

遠くに岩が見えた、
3m程かと思えたその岩はかなりでかかった。

一番高さのある面は適度に傾斜もあり、適度にホールドもある。

ただマット1枚でやるには辛い。
どうするか迷ったが、ここを逃せば二度と陸に姿を現さない可能性もある。
やる事を決めた。

前半部は水溜りになっているので落ちたくない。
気合を入れ、落ちても良いシューズで取り付く。
丸太を置くとギリギリ指先が届くので、そこからは思い切って離陸。
中間部に来たところでマットに着地。
高い……。

ただ、これは面白い。
少し欲が出てきた、何としても今日登りたい。

核心は間違いなく後半、意を決して突っ込む事に。
後半に突入
右カンテがタルい!
これはやばい!!
とっさに右の岩にエスケープした。


やばかった。
気温35度を越えて持てるホールドじゃない。
日暮れ寸前まで待とうかとも思ったが、フェイス中央にポケットが見える。
もしそのポケットが使えれば、ラインは必然的にハング中央となるので課題としての魅力と完成度は増す。

右の岩へのエスケープも出来なくなるのでリスクは増すが……。
ポケットのかかりを確かめるべく一便だす。

かかりは、良いようなそうでもないような…とりあえず持てる。
次にリップ。
遠い、はたしてガバなのか……。

突っ込むと危険な気がした。
降りる、マット位置は万全だと思うのでとんでみた。
無事着地、最悪失敗して落ちても良い事がわかった。

次でしっかりと攻めきるために、岩の上に回り込みリップの効きどころを確認。
一応カンテも保険でみておいた。

休憩し、次の便
無事に完登。

名を、百年の夜明けとする。


この先姿を現わすのは数十年後か、はたまた数ヶ月後か。
それは私には分からない。
せっかくなので周辺の岩も登り尽くし1日を終えた。

アプローチは多少長いし高さの割にランディングも良くない。
ただ、今を逃せば一生御目に掛掛かれない岩かもしれない。
そうなるとやや勿体無い程の高品質な岩であった。

岩を登る。

7/24
末期症状が出る前に、無理やり時間を作って岩へ。
今月2回しか行っていない、しかもその一回は御岳の2時間。
もう一回は途中で雨。

向かうは近場の涼しげな川。

2016年、骨折直後に登ったドレッドノート

見返すとかなりこじつけてリンクし難しくしたラインに思えた。
これが一番最初にできてしまった以上、他のラインもなんとなくおかしくなってしまう。
仲間に申し訳ないことをした。
グレードに関してはそこまでのズレは感じなかった。


九州には珍しい1本指ポケット、クロッカストラバースv8

一通り登った後で夕立ち。
僅か30分ほどしか登れなかったが、岩に触れて少し回復した。

その後、かつて登った通りゃんせv8を探しに山に入ったが見つからず。
1時間ほどさまよい、違う岩を見つけて終了。
通りゃんせはどこに行ったんだ?

東京御岳社会見学

日本で最も有名な課題、御岳忍者返し1級。
1982年辺りに池田功氏により初登される。

私はこれまで、単にそこに岩があったから初登されたのだと思っていた。
最近発売された雑誌を読む限り、どうやらその見解は違ったようだ。

登山界においてフリークライミングがまだ評価されていない時代、
池田氏は谷川岳衝立岩にて、業界にフリークライミングの可能性を提示した。

その後開かれたのが御岳である。

この開拓は
自らのフリークライミングを追求するためだけになされたのではなく、業界のことを考えた強い意志があったようだ。
というのも、当時まだクライミングジムなんて存在しない。
クライミングを認知・浸透させるには東京からほど近くクライミングを行える場所が必要と考え開拓に入ったと、インタビュー記事に書かれていた。

30数年の歳月が流れ、いまやいかに…


さて、日記を綴ろう。
先月の東京出張の事。間隙を縫うように御岳へ。


エリア前のショップでマットをかりる、レンタル1000円。
マットなど販売されていない開拓当時からしたらどうなのだろう、流石にかの池田氏でもここまでは想像していなかったのではないだろうか。

快適な遊歩道を歩けば、そこはもう忍者返しの岩。

快適な……
この藪は越えない。越えればすぐに忍者返しの岩なのだろうけど……。
この藪は越えてはいけない、今日は開拓ではないんだから。

忍者返しに着く。少なめではあったがクライマーはいた。

気温35度を越えても、登りに来る物好きはいるものなんだな。
軽く挨拶をし、私も混ぜてもらう。

とりあえず忍者返し。久々のこの岩はよく滑る。

先客たちとは、後にも先にもそこまで話をしたわけではないが、
写真を見るとスポットに入ってくれていた。
もちろん声援などなかったので気づかなかった。

出だしで2回ほどスリップをした後に上部突入したので、不安に思い入ってくれたのであろう。
感謝しかない。

他の岩もちょこちょこと回ったがパラパラとクライマーはいた。
岩を登る気候を大幅に外したこの時期に、である。


利用者の多い御岳の岩、
この地での開拓が如何なる意志を持ってなされたか。
池田氏の意志を、
どれだけの人が知っているのであろう。

私も雑誌を読んだ程度であり、知っているとは言い難い。

知らずともその風景に溶け込み過ごす事は出来る。
ただ、開拓者の意志や経緯等情報を知ることで、
同じ風景の中に身をおいた時感じれる味わいは深みを増す。

3年前に見た情景とはまた変わり、
良い忍者返しと出逢うことが出来た。

目論見通り、いまや御岳はクライマーで賑わい溢れている。
私もその一人になった…と書きたいところだが、流石にこの日見たクライマーは10人以下でいまいち賑わいを想像できないまま。
また何年後かの秋にでも訪れたいものだ。

2時間程度しか滞在する事はできなかったが、目的の岩もいくつか登れ充実した時間を過ごすことが出来た。