八面山 百獣ノ王

八面山★★★一部2000
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「 マタレオン以前 」

八面山のclassic project、それこそ二十数年来のプロジェクト。

1999年の八面山公開から現在に至るまで、

「大洋 初段 / 2000白水」
「チェルシーチェインSDS 二段/ 2011田嶋」
「ホワイトラング 三段 / 2006 田嶋」「月に叢雲花に風 二~三段 /2013?平嶋元」
「ヤヤマジョイヤ 四段 / 2022 田嶋 」

北部九州においてクラシックとハードボルダーを併せ持った八面山。その中で取り残された「マタレオンlow start project」。途中で向き合うことを諦めたprojectの話…


八面山の通いはじめから着手しているルーフの岩。
大学2年くらいの頃だっただろうか?北九州のクライマーから一通のメールが来た。

内容は開く前に察した。なぜならそのルーフが攻略されたのを風の噂で聞いていたからだ。
(当時snsなどもなく、初登や再登の情報も知人伝だったり時間を要する。)


若かりし私の心は騒ついていた。

とうとう攻略されたルーフ。驚き、シンプルな賞賛、自身の弱さへの落胆。実はこの半期前、執拗に通い詰めるも進まぬ3手に嫌気がさし匙を投げていた。

完敗したあのルーフをどう制したのか?メールを開く。

どうやらルーフ出口からスタンドスタートしその先のハングを登ったらしい。少しだけ安心した私自身に少し驚いた。

メールは続く。

「一旦の節目として、これに課題名をつけていいか」の相談だった。

ルーフ基部から繋がる一本のライン、その途中からはじまる課題…私は即答した。


岩は在るだけでは成らない。
そこに想いを込め道を通し継承する努力をしてようやく「課題」となる。「課題」はクライマーにとっての財産だ。

メールの詳細や返信した内容などは全く覚えてないし10代の私はきっと何も考えていない。けれどそんな若輩者の私に律儀に連絡してくれた初登者への恩は未だ残っている。

そして名課題「マタレオン 公開時 初段(二段)」が誕生した。


マタレオン誕生後、
薄暗い森にあるそのルーフが賑わったかと言われるとそうでもなく。

グレードの割に登りにくいマタレオンは上級への登龍門的存在として落ち着いた。削れ落ちたランディングに背中から落ちるシーケンス。いつ通っても人を見ない。それでもチョーク跡は途切れることなく細々と継承されていった。

2010年が過ぎ私もルーフ通いを再開。八面ルーフproject改め「マタレオンlow」へ。


「マタレオン以後」

2012年辺り、キーとなるリップのガバが吹っ飛び不可能視された(平嶋元の腕力に耐えきれなかったようだ)。以来、チョーク跡が一旦途絶える。

それでも私のマタレオンlow通いは続いた。何故なら第3登にあたる枝村さんはガバではなく直でリップにランジしており私も真似てそこは出来ていた。

とうとうmoveが出揃った秋。

最大核心である中間部のキーホールドが地面に転がっていた。それを見つけた私のモチベーションも一緒にどこかに転がっていってしまった。

私の「マタレオンlow」の旅が終わった。同時に八面の宝「マタレオン」もスタートホールドとともに消失。


「 new マタレオン 」

10年が経った。

2025年 春 マタレオンの再登を聞いた。きっとスタート付近が変化しているのだろう。となるとあの可能性も再び?そんな期待をそっと奥に終った。もう落胆はしたくない。

2026年3月 マタレオンの確認。

真新しいチョーク跡といくつかの欠損痕、アプローチの整備が見てとれた。そしてマタレオンはというと、スタートのブロックに隙間が出来たのか確かにできるようになっていた。lowの中間部も再び可能に。

– new マタレオン –

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背面落ちのリスクは変わらぬまま。現に今年春の再開時はビビって突っ込めなかった。
リップへのランジの精度が悪く…lowから繋げるとリスクがありそうで、1日かけて安定して落ちれるmoveに変更した。

マタレオンlow projectというもの –

私にとってマタレオンルーフは登れないものの象徴として君臨し続けてきた存在。
けれど当時、登る気持ちさえつくれていばきっとどのタイミングでも登れていたのではないかと思う。

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ー 百獣の王 四段 / 3月12日 初登 –

難易度以上の難解さと上部のリスク。度重なる変化と精神的葛藤。
私にとっての登れない象徴、そういうものが登れた。

岩の道の価値以上に感極まる一登であり、今尚岩の大きさ以上に愛着はある存在である。

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