「RockPath」カテゴリーアーカイブ

Clash on the big bridge v12

真夏のとある日、ポータラカを登った。
その夕方、ポータラカから愛弟子が完成させたUTB繋げれる気がして遊んでみる。

すると画期的なシーケンスを発見しテンションが上がった。

これだからボルダリングは面白い。


秋に入ると雨が続き、今季狙っているprojectが全滅。
乾いている岩を放浪することとなった。

その一環で再訪した11月24日
秋の気候に助けられうまく登ることができた。

Clash on the big bridge v12(四段)

やっぱり気温が下がると全てがうまくいく。

君子無朋 v13

「青い光」というルーフの良い課題があった。

4年あたり前のとある日、
LowStartのトライ中にスタートの巨大なフレークがガバっと剥げ顔面に直撃。
強烈に痛かったがそれ以上に、王手かかっていたラインが消滅したことに落胆。

青い光は原形すらなく…可能性が見えなくなった。

2021年元旦

雪の中友人も付き合ってくれ再度向き合う。
そして、ブランクセクションを超えた先にあるホールドに指先がかかった。

翌年も、
雪の中付き合ってくれた友人もなくただただやり続けた。


いつもより早い梅雨
とうとうその一手が止まった。

「これで登れる」
そうと思ったものの後半パートで弾かれ続けた。
指先の肉からホールドが溢れる感覚に、季節の終わりを感じた。


秋初日

これでダメなら長引く。不安の残る中なんとか初手をとらえることができ一安心。
後半パートで2度落ちたが、その後やっと登ることができた。

本当に長かった。

2022年11月17日
君子無朋 v13(四/五段) 初登

もはやこの記録を書いている今は2023年
2022年秋冬シーズンは厳しい1手に向き合ったと思う。
2023年最初のシーズン、通すのが難しいProjectが並ぶ。

七曜とグレード

八面山 叢雲の岩

側面の一番スッキリした箇所に残されたproject。
三光を登った後、ロープを用いて掃除だけは済ませておいた。


 

11月14日
今季目標に敗退した後、日暮れまで時間があったので叢雲の岩まで出向き登りきった。

下部が若干ガチャガチャしているもののラインどりに不自然さはなく独立した良いラインだと思う。

七曜 三段(v10)

ついでにそのロースタート(超七輪)も登るが、「三光」とは違い中間部で完全回復できてしまうので難易度は七曜とさほど変わらないだろう。

超七曜 三段(v11)

グレードについて

普段は段に突入しても細かいVグレードを使っているがエリアにこのエリアの先駆者に合わせ級段式をメインで。

級段式は初段に入ってからやや大まかになる。(大まかさがむしろこのグレード体系の良さ)
グレーディングする際、
三段より難しいから四段、と簡単に設定できないのが級段式。
三段(v10)より難しい場合、次は三段(v11)となる。
四段(v12)と四段(v13)は完全に別次元。

ということで級段式ながら一応vグレードも記載しておきたい。

「月に叢雲華に風」「北風と太陽」「七曜」

どれも同じくらいの強度だと思う。
最初の初登された「月に叢雲…」三段に習い、「七曜」も三段としたい。

月に叢雲や北風は一連を通しての強度、七曜は最上部に凝縮している。よって七曜は超怖い。

しかし恐怖はグレードに加味しない。

恐怖は個により感じ方が変わる。
またロープリハでもしたら恐怖は大幅に緩和される。
七曜に関してはマットさえ十分にあれば怪我をしない範囲(コントロールできている上で)。

以上踏まえ、
他に比べて登りにくい一本ではあるものの三段でよいと思う。

絶望岩 FAR

森に入ってすぐに遭遇する巨石。
木漏れ陽の当たるその光景はとても神々しく。

初めて森に入ったあの日見た情景は未だ鮮明に思い出される。
高校生活の終わり頃のこと。


続く大学生活では帰省の度、無数に点在する石ころを求め森を彷徨った。

朝、見上げ様に挨拶をし脇を抜ける。
遠くで蛍の光が流れはじめた頃、背に気配を感じつつ山を駆け降りる。

いつの日か、脇を抜けることはなくなりそのままそこで夕方まで過ごすようになった。

 

到達できない壁、
いつしかそれは生涯の目標となり、
生涯最大パフォーマンスが発揮できる頃に挑む事を決めた。

そして満ちたりたと体感した2014年、ハング脇を抜けるライン、「エトピリカ」を初登。
終止符を打った。

なのにその後もズルズルと通い、
2016年、ハング最強点「常磐」を初登。

さらにはまだ中央が残っている。最後のライン。
丁度良いスタートホールドはいつも濡れていた。

決着をつけようと思いたち10日以上晴れたある日に狙ったりもしたが乾いておらず、もう乾く日はないのかと諦めた。

2022年10月31日

ふと立ち寄り眺めてみた。相変わらずスタートホールドは濡れている。
それでもこの日、何となく良い気がして少しだけやってみることに。
いつも通り最初のランジで弾かれる。

昼過ぎ、濡れた指先を気にしながら絶望岩の正面を通過していく自身を俯瞰している別の自分がいた。

初めて見上げたあの日
「こんなところ登れるはずがない、登れたとしてもその脇だ」
と、思いつつも
「この先の時代このハング登るやつでてきたらホントすげぇな」
なんて未来の話をした。

そんなものを今現実に登ったんだ。
特に覚悟を持って挑んだわけでもなく、登れるつもりもさらさらなかった。

その日の夜、
ふつふつと表現のしようのない感情に支配される。

私にとって絶望岩は何だったのだろうか。
登れてしまったらいけないものだったのだろうか。
漠然とした喪失感はなんなのか。


名をFARとし、グレードは定めない。

初めて森に入ったあの日に見た情景は今も変わらず。いつだってこの岩にときめく事ができる。木漏れ陽あたる神々しい絶望岩。

登れてしまったから来る理由がなくなった、とかそういうものではない。
そのうちまた帰ってくるだろう。ありがとう。

 

 

めじろんカップ6th

今でこそ拠点は久留米だけど…気持ちは久留米とともに地元大分にも。

今の私の自由奔放なクライミングスタイルは、
適度な放任のもと見捨てず見守ってくれた師、そして未開拓な大分の大地があったからこそ。

時折思うのは
師への恩返し、地元大分への還元の気持ち。

そんなものを最大限表現できるめじろんカップの運営。

12月4日
めじろんカップ6th

 

草コンペは草コンペらしく
最大限の盛り上がり方を目指して。
かつ、一応競技なのでチーフとしてリザルトはしっかりとつけること。


実は今回、準備段階でいくつかの困難に直面。
それでも日を跨がず作業を終え当日を迎えれたのは、スタッフはもちろんボランティアの方も含め皆成功への一筋を見据えていたからだと思う。

当日、運営チーム、そしてジャッジチームも加わった。チーフジャッジは今年も変わらず私の師。

9時30分 競技開始。

結論から言えば、過去最大の盛り上がり、過去最大の課題クオリティに仕上がったように思う。

ということで最大目標は達成された。
ただし副題、リザルトをしっかり出すという目標は私の力不足により達成されず。

上位2カテゴリの予選リザルトがうまくバラせなかった。実は準備段階でうっすら気になってはいたものの時間に追われ煮詰めきることができなかった。猛反省。

予選のリザルトをバラせないということは、成績云々の話ではなく決勝のタイムスケジュールが狂うということ。

予選終了後、頭を抱えていたらチーム一員がセッション&ラウンド式を提案。ジャッジチームも賛同してくれた。草コンペならではの機転である。

これで大幅な時間短縮をすることができた。

そして迎えた決勝。


私自身は未知であるセッション式の決勝。

選手はもちろん運営チームに救われ、オーディエンスに助けられた。
想像を遥かに越えた盛り上がり。
予定調和では絶対に出せないほどの盛り上がりだったように思う。

クライミングにくそ真面目な私からは出てこない判断、遊び心、そしてその状況をむしろ楽しんでいるオーディエンスを心より尊敬した。

過去最大の成功の裏に沢山の反省点もある。

冒頭に書いた地元への貢献、うまくできたかはわからない。
けれど私自身感動する瞬間の多いイベントだったのは明らかだ。

予選約40本、決勝12本の課題

実はこれらは12月末まで。是非とも今一度登りに行ってみてほしい。
参加された方もそうでない方も。

大分県山岳連盟、大分のクライマーのみなさま
ありがとうございました。

次回のめじろんはまたみんなで過去最大を更新できますように。